てんてけてん日記

アラフォー独女の徒然日記です

HR/HM女と赤キツネ祭り

去る7月19日水曜日、私は都内某所に居た。

 

そこは赤坂。

 

 

そう、赤坂BLITZで行われたBABYMETALの赤キツネ祭り(女性限定)に参戦したのだ。

 

 

どうせチケットなんて取れるわけないし、、と思っていたところ、ONE会員の抽選で見事当選!!!

 

奇跡だ!!!!!

 

実のところ、しばらく体調不良が続いていて(今もあまり良くない)、行けるのだろうかと心配していたのだが、奇跡的に当選したチケットを体調不良などという理由で、どぶに捨てるような真似はしたくなかった。

というか、このチケットには泣く泣く落選してしまった全国のメイト達の熱い想いも込められている。

体調不良ごときで不参戦なんて言っていられるか。

 

というわけで、私は満身創痍で赤坂BLITZへと乗り込んだ。

 

前日の黒祭り(男性限定)のレポは見ないようにしていたが、体調不良ということもあり、会場様子だけでもと確認したところ、入場までにかなり時間を要するということだった。

暑い最中、長時間並ぶのは体に障るなあと気にしていたのだが、この日は思いのほかスムーズに中へ入ることができた。(私は整理番号A600番台だった)

 

ドリンク券とお茶を引き換え、ロッカーにて荷物を置き、いよいよ会場の中へ。

 

ちらほらセキュリティの黒人スタッフの方とすれ違うが、今日は女狐だけだから、いつもよりは幾分楽だろうに~なんて、思ったりもしたが、それでも会場は熱かった!!!

 

体調不良もあって、途中で倒れたりしたら大変と、アラフォーの私はハッピーモッシュピットエリアにて待機。

 

メタリカのMASTER OF PUPPETSがSEで聴こえてくると、否が応でも気分が高まってくる。

 

場内アナウンスで注意事項等が流れ、いよいよ本番。

 

 

紙芝居、そして前方幕に3人のシルエットが!!!!

 

キャーーーーーーーーー!!!!!!

 

悲鳴にも近い黄色い歓声が、BABYMETAL DEATHの爆音と共に会場に響く!!!!!

 

来た来た来たーーー!!と、私もFOX SIGNを振り上げる。

 

体調不良はどこへやら(笑)。

 

何だかんだ言っても、ライブハウス。会場は狭いから、3人が良く見える(涙)。

 

紅月では、すぅちゃんの着ているマントに赤い部分があって、やっぱりすぅちゃんの今の衣装にも少しだけでも赤い部分があってもいいのにな。本当に赤が映える美しい子だなぁとか、見惚れたり。

 

メギツネ、ギミチョコ・・・と、ノンストップで汗だく。とにかく、暑い。暑いし、会場全体も熱い!!!本当に楽しい!!!

 

ROAD OF RESISTANCEが始まると、前のほうでミニモッシュがあったのかな?盛り上がってる。最高だよ。

 

私はRORの歌詞が大好き。

 

人生のなかで、辛い事とかたくさんあると思うけど、そんなとき聴きたいと思える曲。頑張っていこうと励ましてくれる曲。

 

今、ちょうど体調が宜しくないから、今回は余計に心に沁みた。

 

目の前で、すぅちゃんが渾身の声で歌い上げてくれる。私の大好きな曲。私だけの為じゃないけど、会場にいる皆に向けて、とても清らかな歌声で、それでいてパワフルな心の籠った歌を一生懸命歌ってくれている。

泣いちゃうよね。

 

自然と感謝の気持ちも湧き上がってくる。

 

こんな気持ちになるのは、自分が年を取ったからなのかとか、病気のせいだからかなとか、思うところはあるけれど、それでも今日この日、BABYMETALのライブに来られて良かったなと、心からそう思った。

 

やっぱり音楽っていいね。

 

RORが終わり、最後に『SEE YOU!!!』と言ってライブは終了。

 

ああ、もう終わりか。また会いたいな。

体調を整えて、万全の状態で。と思った。

 

いえ、実はさいたまスーパーアリーナの2日分チケットは確保済みですけれどね。きゃっきゃっ。

 

何はともあれ、素晴らしいライブでした。

 

すぅちゃんって天上人(天女?女神?)かと思ってたけど、実際近くで見て、本当に女神様なんだ~とか(笑)、ゆいもあ、可愛すぎてお人形さん?アニメから出てきた女の子?いや、天使か。とか、思考回路が未知の回路に繋がっちゃったようで、体調不良とか関係なく体が動いてくれて、汗だくになっていた。

 

こんなことなら、もっと前に行けば良かったかなとか、いやでも、アラフォーの私なんかより若者が前に行ったほうが絵面はいいだろうとか、ライブ後に自問自答。

 

でも、もあちゃんがお立ち台に立った時、私が後ろのほうでジャンプしながら、思いっきり手を振っていたら、望遠鏡を覗き込むようなしぐさをして手を振ってくれたから、あれは私にレスしてくれたのだと信じてる。(真剣)

 

もあちゃんサイドにいたのだけど、もあちゃんのキラキラがまぶしくて、すぅちゃん推しの私でもクラクラしちゃいました。はい。可愛過ぎです。

 

もちろんゆいちゃんも可愛かった!あのモジモジするような恥じらうようなしぐさは、男性ならイチコロでしょ?罪人、ゆいちゃんめ。あぁ、可愛い。ネットの男性メイトなら、ここでYMYって言うのでしょ?気持ち分かるわぁ。

 

 

今回のライブの総括・・・。

 

心から楽しめることがあるって、本当に幸せ。

 

時々、当たり前過ぎて感謝することを忘れたり、これだけしてやったんだから、見返りがあって当たり前、みたいな態度を取ってしまうことがあるかと思うけど、そうじゃないよな、もっと謙虚に生きなきゃなって、つくづく感じた。

 

若い3人の女の子たちが、あんなに頑張ってる姿を見せてくれたんだから、私も頑張らなきゃなと思った。

 

健康第一

 

またライブで汗流そう。

 

次のライブのために、今日も明日も頑張るぞ。

 

※追記

体調が悪い時、激しいライブで無理をすると体調が悪化して倒れてしまったり、周りに迷惑がかかることもあります。

今回私は直ぐに会場から退場できる位置におりましたが、お世辞にも誉められることではありませんでした。いい歳して、猛反省です。

皆が楽しめるよう、無理は禁物です!(当たり前か)


紙芝居でも言ってた!


無理しちゃダメ絶対!!




 

追伸。。。

 

Linkin Parkのチェスターの訃報、ショックでした。

Somewhere I Belongを聴いて、アルバムのメテオラを買ったのがつい最近のことのように思い出されます。大学卒業して直ぐだったかな。彼は私の青春時代を彩ってくれたヴォーカルの1人です。本当に残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りします。


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ダイエット女とBABYMETAL

悲しいかな、人というのはお預けを食らえば食らうほど、益々お預けを食らっているモノが欲しくなる。


ダイエットに然り。BABYMETALに然り。



そう、私は夏に向けてダイエットをしなければならない!!


がしかし、甘いものが辞められない!!


我慢すればするほど食への欲求が溢れてくるのだ。


BABYMETALも例に漏れず・・!!



去年の東京ドームでのワンマンライブに、忙しい仕事の最中、遅い夏期休暇を取得して泊まりで参戦した。


ガンズのライブは予定が合わず、前座でBABYMETALが出るのに泣く泣く諦めた。
(てか、ガンズの奇跡の再結成ライブに行けなかったなんて、今思い出しても涙が出ます・・。)


そして今、BABYMETALのお嬢様たちの情報は全くない状態だ。


何をやっているのかな。


ネットでメイト達の呟きを見ると、飢餓商法と言って、極限まで情報を与えないことにより、BABYMETAL欲を刺激しているんだとか、上手いこと言っちゃってる。


私もこれに同感だ。


だが、敢えて私が例にするのであれば、やはりそれはダイエットに他ならない。


BABYMETALは私に何になってほしいのだ?


極限まで絞りに絞ったボクサーか?

.

飢えた獣か?いや、きつねか?



そんなフラフラの状態で、可愛い姿の彼女たちが突如目の前に現れて、


『はーじまーるよー♥』



なんて、言われた日にゃ、そりゃ男じゃなく女の私だって半狂乱でヘドバンするわ。


つまりは暴飲暴食ですね。


我慢してたもの。


甘いお菓子が突如目の前に現れたら、『わーい』って飛びつくわ。


人間の深層心理をついた、実に上手い商売をなさっていますね、BABYMETALは。


ただ、ここまで言って1つだけ異なる点がある。


それは、甘いお菓子をガッツリ食べて幸せにはなるが、それがダイエットの場合は後に後悔することになる。


BABYMETALの場合は、益々中毒にはまり、これもまた自分を苦しめる。


でも、嬉しい喜び。


よし、いつになるか分からない日本でのライブに向けて、ダイエットしなきゃ!


それが、私のResistance



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Uターン女子とブラック企業(真面目な話)

 

ここ最近、ニュースで『働き方改革』なる言葉をよく聞く。

 

それは、某大手広告会社の女性社員だった方が、過酷労働を理由に自らの命を絶ってしまったというショッキングな出来事を発端になったのではないか。

 

皆が、現代の日本における働き方に『これっておかしいよね?』と、堂々と疑問を呈するようになった。

 

いや、誰もが元々そう思ってはいたが、身を粉にして働くということが日本人の美徳というか、暗黙の了解として意識の中に根付いていたせいか、「働き方に対して改善を」という風潮にはならなかった。

 

だが、ここにきて先の出来事を発端に、国がこれまでの働き方を変えようという方針を示し始めた。

 

 

これは大きい。

 

 

下々の人間は、どんなにおかしいと思っても結局、上の人間に従うしかない。

しかし、国が動いてくれるとなれば、その上の人間も否が応でも国の決めたことに従うしかない。

 

 

 私はUターンしてきて、地元のとある企業で働き始めたのだが、一言で言うと、そこは、

 

 

ブラック企業だった。

 

 

出勤初日から、「なんかおかしくね?」と違和感を覚えたのだった。

 

まず、そこでは東京でやっていた事務作業とは全くことなる内容の仕事をやることになった。

 

法律的な知識も要する業務だったが、引継ぎは1日ほどで終了し、その業務を1人でこなすこととなった。

 

それは別にいい。

 

仕事の内容が違うだけで、これまでだってやってきたことだ。

 

引継ぎを受けつつ、決裁書類を作成し提出した。

 

すると前任者と共に、上司に呼びつけられる。

 

 

上司『資料は読んだのか?!』

 

 

私『いえ、すみません。まだ読めていません。』

 

 

上司『なぜ?!』

 

 

私『時間がなくて・・・。申し訳ありません。』

 

 

まだ入って間もなく、引継ぎを受けている最中で資料を読めていなかった。しかし、それは理由として許されるものではなかった。

 

てな感じで、理不尽と思われることはその後も延々と続いていくのだった。

 

ただ、自分で言うのも何だが、要領のいい私は早々に仕事のコツを掴み、他の社員のように叱責を受けることはほとんどなくなった。それでも何かと書類に対して「この言い回しは良くない。この漢字に書き替えろ。」などと難癖をつけられたり、理解し難いことを多々言われた。

 

たまに、この人は上司面したいが為に、こんなことを言っているのだろうか?と疑問に思ったりもした。

 

上司の理解し難い難癖で多々時間を取られつつ、それでも仕事を着々とこなすと、新たな業務をどんどん押し付けられるという負のスパイラルにも陥り、朝早くから出社して夜遅くに帰宅することを余儀なくされた。もちろん休日も、サービス出社するなんてことも。

 

煩雑な作業に加え、資料ファイルやパソコンのフォルダもぐちゃぐちゃで、たまに作業をしていると前任者に対して恨めしくも思ったが、恐らく彼らもそれらを整理整頓する暇もないくらい、業務に追われていたのだろうと考えると、腹を立てる気すら失せた。

 

また、予算の関係のせいか?人員不足だったのだが、それも過労働の原因になっていたのだろう。

 

たまに残業関連のyahooニュースなどに対してのコメントを読んでいると、「本人の能力不足だ」とか、「仕事の進め方が悪い」とか、否定的なコメントもあるが、全てが全てそういう理由であるわけがない。

 

このブラック企業に勤めて、身をもって知った。

 

どんなに頑張っても、自身の直属上司がおかしな人間であったりして、周りの環境が要因となって、著しく作業効率が悪くなってしまう職場があるのも事実なのだ。

 

あるとき、働き方改革の件に関連して本部の監査が入り、残業に対して色々と口を出されることが多くなった。私の働いていた支部では、実は残業申請の上限時間を定めていて、超えた時間に対しては一銭も残業代が払われなかったのだが、そこに対し指導を受けたのだった。

 

すると上司(直属上司2名)は、上限時間を超えた分の残業代を支払うということではなく、上限時間を超える残業を禁止した。しかし、業務量は減っていないのに、強制的に帰らされるものだから仕事が終わらない。

 

 

ここでまた負のスパイラル発生。

 

 

残った仕事を家に持ち帰ったり、休日にこっそり出社したりして対応することになる。

 

 

・・・・。

 

 

はい、もう無理です。

 

 

退職願を提出した1か月後、私はそこの職場を去った。

 

一時は業務改善について伺いを立てたりしたのだが、聞き入れてはもらえず、拷問にも近い引き留めにもあったが、「このままでは身が持たない・・・。」と身の危険を感じ辞職することにした。

 

今は転職して、優しい人たちに囲まれ自分のペースで平和に仕事をしている(笑)

 

田舎というと、のんびりイメージだったので、今回のようなハードな職場には驚かされたが、スパルタ職場で約1年という短期間に、為になる知識とスキルを身に着けることが出来たのはラッキーだったと良い方向に考えるようにしている。

 

それくらいしか、自分を慰める術がない。

 

 

本当に疲れた。

 

 

お疲れさん、自分!!

 

 

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独身女とイイ女

 

テレビで面白い芸人を見た。

 

ブルゾンちえみという、キャリア・ウーマンをネタにするお笑い芸人だ。

 

彼女はできるキャリア・ウーマン姿で、両脇にイケメン2人を携え、『イイ女』ネタを披露していた。

 

ビジュアルが何ともシュールで、目が離せなかった。

 

実に面白い。

 

声を上げて笑っているとき、ふと私は考えた。そもそも、

 

 

世間一般でいう『イイ女』って、こんな女なのだろうか?

 

 

と。

 

ブルゾンちえみは、キレイに切り揃ったボブヘア、真っ赤なルージュに濃いアイラインを施し、ぴったりしたシャツにミニのタイトスカート、黒のストッキングにヒール靴という出で立ちだった。

 

ふむ、何だかできる女風だ。

 

しかしながら、私が働いてきた企業では、少なくともこのような姿の女性に会った記憶がない。

 

いや、同じような服を着た女性はいたかもしれないが、職場で真っ赤なルージュをする女性はいなかった。

 

もし、実際に職場でそのような女性に会ったら、私はその女性を『イイ女』と思うのだろうか。

 

 

・・・・。

 

 

なぜだろう。

 

『イイ女』と思える自信がない。

 

 それじゃ、『イイ女』じゃなく、『イタイ女』だ。

 

 

・・・・。

 

 

ではどういう女性なら、『イイ女』と思えるのだろうか。

 

かつて、私が『イイ女』と思った女性が1人いた。

 

Fayray(フェイレイ)という女性アーティストだ。

 

今はもう日本では活動していないので、お目にかかる機会もほとんどない。

 

若い人は知らない人のほうが多いだろう。

 

歌手であり、その昔ミス立教にも輝き、英語やピアノも堪能と、才色兼備の女性だ。

 

話し方はサバサバとした感じで、それでいて色気があり、歌声には艶があった。

 

美しくもあり、どこか哀愁もあり、そしてかっこいい。

 

そこに私は『イイ女』を見た気がした。

 

 

しかしながら、彼女が『イイ女』と思わせる所以はそれだけではない。

 

 

その昔、もう10年以上も前のことだが、恵比寿にあるリキッドルームで彼女のライブがあった。

 

私は1人でふらりとライブハウスへ向かった。

 

いつも参戦するような爆音ライブとは異なり、狭いライブハウスでFayrayはピアノを弾き、しっとりと歌を聴かせてくれた。

 

ワンドリンク制で、一杯飲むとほんわかイイ気分になった。

 

私は、階段の手すりにもたれつつ、段差になったその場所は前に遮るものもなく、ベストポジションでまったりとFayrayの歌を聴いていた。

 

 

そして、それは突然起こったのだった。

 

 

Fayrayの『イイ女』たらしめる場面をこの目で私は見たのだった。

 

 

ライブも中盤にかかり、私は彼女の名曲『tears』をうっとりと聞いていた。

 

Fayrayの歌は基本的に、

 

 

『強い女を演じているんだけれども、ほんとは私、弱いの。分かってよ。』

 

  

とか、

 

 

『何も言わない。でもあなたのこと、信じて待ってるから。』

 

  

みたいな、儚げで、男から見たらやたら重そうで、何だか幸薄そうな女性のことを歌った歌詞ばかりだ。

 

これって、明らかに不倫じゃね?みたいな曲もあったりする。

 

さながら昭和の歌謡曲ばりだ。

 

中でも、『tears』はそのFayrayの代表曲でもある。

 

歌詞はやっぱり幸せとは程遠い内容だ。

 

でも、本当にいい曲なのだ。

 

そんな曲の最中だった。

 

私は違和感を感じた。

 

 

『ズッ、ズッ・・・。』

 

  

変な音が聞こえる。

 

今はFayrayの声とピアノの音しか聴こえないはず。

 

何だこの音は?と思った。

 

そして、ふいに隣へ目をやった。

 

そこにはサラリーマンであろう男が1人。

 

 

彼は泣いていた。

 

  

人目もはばからず、こぼれる涙を拭こうともせず、

 

 

彼は泣いていた。

 

  

私は直ぐにFayrayのほうへ目線を戻し、

 

 

 

『うおおおおぉぉぉぉおおおおおおっっ!!!!』

 

   

と心の中で叫んでいた。

 

彼はこのアンハッピーソングに何か思い出があるのかもしれない。

 

自分が幸せにできなかった元カノか?

 

 

お前をそこまで泣かせるのは一体誰なんだ?! 

  

 

と、私は頭をフル回転させて考えた。

 

しかしながら今の彼の目に写っているのは、Fayrayだ。

 

私はハッとした。

 

間違いなく今この瞬間、Fayrayという存在が彼の心を揺さぶり、そして彼は泣いている!!!!!

 

 

Fayray!!!!』

 

  

私はここに『イイ女』の神髄を見た気がした。

 

Fayrayはやさしいピアノ音と共に、元カノ?をFayray自身に投影しているであろう彼を、赤ん坊のように泣いている彼を、母のような大きな愛で受け入れているのだから!!!

 

 

完敗だ。

 

  

私は敗北感を味わった。

 

私がイイ女になるのは到底無理だ。

 

そんな諦めの気持ちが沸々と湧いた瞬間だった。

 

 

・・・・。

 

 

なーんてね。

 

 

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Uターン女ときどき派遣女と回顧録(真面目な話)

 

おおよそ一年前だろうか。

 

その頃、自分の中で漠然とした思いがあった。

 

 

『このまま一生、独身で東京に暮らしていくのか?』

 

 

と。

 

いや、漠然としていた思いが、いよいよ目を背けることは出来ないリアルな課題として、私の目の前に立ちはだかったのだ。

 

30代も半ばに差し掛かり、焦らないほうが無理というものだった。

(いや、むしろ遅すぎるか。)

 

派遣社員という不安定な立場でこの先一人で生きていくことは、到底難しいということは分かってはいるものの、だからといってこの先結婚をする予定も全くない。

 

そうなると、すべきことはおのずと決まってくる。

 

そこでまずは雇用安定を目指すべく、私は正社員の求人への応募に踏み切ることにした。

 

実は、以前派遣先で正社員登用の話を打診されたことがあった。

しかしながら、私は今の仕事を色々な企業でもっと幅広く経験したいという理由からそれを断ったのだ。

(私はちょっとだけ専門的な事務をしていました。事務で派遣で専門的というと、直ぐに分かるかもしれませんが・・・。)

 

今思えば、なんと畏れ多いことをしてしまったのか・・・、と申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

派遣社員から正社員にという話は、この時代において本当に有難い話だと思う。とても光栄な話だと思う。

 

私はこれまで色々な職場で仕事をしたが、どの職場の人達も本当にいい人ばかりだった。

 

それについては私は本当にラッキーだったと思う。

 

でも居心地のいい職場で、ぬくぬく甘やかされていては成長できない!と、私は勉強も続けていた。10年以上も同じ業務を続けてこられたのは、私はその仕事が実は好きだったのだ。

 

だけれども、現実は実に厳しい。

 

結局、派遣というのは自分がやりたい仕事をするために、敢えて選んでやってきていたわけだから、正社員の方と勝手が違うのだ。つまり、

 

 

正社員の方々はやりたくない仕事もやっている人たちなのだ。

  

 

居心地がいい職場に甘んじてはいけない、とがんばってはいても、結局のところ、

 

 

私は派遣でいることで甘えていたのだ。

 

  

※派遣という働き方を否定するわけではありません。派遣と馬鹿にする人もいますが、派遣で働いている人間は皆、本当にがんばっています。

 

どんなに知識を身に着けようと、30代半ばに差し掛かった独身派遣女にとって、東京で同じ業務に携わることができる正社員への転職というのは、ほぼ不可能に近かった。

 

でも、私は東京で働き続けるのならば、今迄の職種は絶対条件だった。それ以外なら、わざわざ東京に居続ける意味もない・・・、と。

 

 

そして、私は求人検索で実家付近の仕事を探し始めた。

 

  

そこで自分の条件に適う求人を見つけ、見事採用の運びとなった。

 

採用の報告を両親にすると、本当に喜んでくれた。

 

派遣会社へは次の契約更新はしない旨を伝え、東京を離れるカウントダウンが始まった。

 

仕事の引継ぎ、引っ越しの準備、送別会等々・・・、やるべき事はたくさんあった。

 

あっという間に日々は過ぎていった。

 

でも、本当のところ実家へ戻る実感がなかった。

 

気持ちは何だかウキウキしているような、ふわふわしているような。

 

新しい生活が始まる楽しみからか、とも思ったが、それほど嬉しい気持ちもない。

 

東京最後の日は、前の職場の方々とランチをとった。

 

 

『東京を離れることに後悔はないのか?』

 

 

そう聞かれても、

 

 

『東京で十分やりたいことをやったから。』

 

 

と、そう答えた。

 

どの人に同じ質問をされても答えは変わらなかった。でもこれは、イエスorノーの回答にはなっていない。

  

本当のところ、自分でも分からなかった。

 

たぶんそれは、故郷へ戻って時間が経たないと分からないだろうと。

 

 

そして今も未だその答えは分からない。

 

 

ランチのあと元同僚と別れ、マンションへ戻り管理会社への部屋の引き渡しも終わり、東京駅へ向かった。

 

小さなスーツケースをカラカラ引きながら、この風景も最後だなぁなんて思った。

 

最後なんだから、涙の一つや二つ出るのかなと思っていたが、新幹線が発車して東京を出ても、一粒も出てこなかった。

 

 

でも・・・。

 

 

不思議なもので、今、なんだか目から涙がいっぱいこぼれています。こうしてブログを綴っている、今この瞬間に。

 

 

一年経って、初めて涙が出ました。

 

 

いい事もわるい事も、沢山たくさんありました。

 

 

今は只々、東京で出逢ったすべての人に感謝を伝えたい。

 

 

頑張っていた自分にお疲れ様と言いたい。

 

 

そして、これからも頑張っていこうと。

 

 

めちゃくさい話になったが、これが私のUターン回顧録。

 

 

本当にあった話。

 

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HR/HM女とホットパンツ

 

お題です。

 

『ホットパンツで有名なアーティストは?』

 

 

はい、どうぞ。

 

 

B’zの稲葉さん?はい、正解。

 

 

TOKIOの長瀬くん?はい、正解。

 

 

 二人とも実にいい男ですね~。

稲葉さんに至っては、私の結婚したい男候補No.1です。

 

他にも回答があるかと思うが、ホットパンツの元祖といえば、そうあのお方。

 

 

GUNS ‘N ROSESのアクセル・ローズ様、ではないだろうか。

 

  

言わずと知れた彼は、ガンズのフロントマンとして世界各国で愛されるスーパースターだ。

音楽の素晴らしさも然ることながら、アクセルのフロントマンとしてのカリスマ性は半端じゃない。

 

アクセルの全盛期の80年代後半から90年代前半頃は、私は未だ小学生だったから、リアルで見たことはないが、タイムマシーンがあるのならば、その頃の彼に是非ともお会いたいものだ。

 

会っても、なんで俺様がお前みたいな奴の為に時間を割かなきゃいけないんだって、殴られて終わりかもしれないが、それでもいい。

 

それでもお会いしたい。

 

それくらい全盛期のアクセル様はセクシーで美しいのだ。

 

本当に本当に本当にかっこいい。

 

まじイケメン。

 

言葉では表せません。

 

それなのに・・・。

 

それなのに・・・!!!!!

 

時の流れというのはなんて残酷なのだということを、まざまざと思い知らされることになる。

 

 

そう、あの暴れん坊のアクセル様は、寄る年波に見事に敗れてしまった。

 

 

四十代後半頃からでしょうか?その兆候が表れ始めたのは。

 

映像を見て、

 

 

『ん?ブラックマヨネーズの小杉?』

 

  

と、私は一瞬戸惑う。

 

しかしながら、映像の中のブラマヨに見えるその人は、聞き覚えのあるハイトーンボイスでギャウギャウ歌っている。

 

そしてもう一度私は目を凝らして映像を見る。

 

 

『アクセル様・・・。』

 

 

オーマイジーザス。

 

 

この敗因は間違いなく加齢であることは、疑いようがなかった。

 

私は恐ろしくなった。

 

あれだけの絶世の美青年がこうも変わるのかと。

 

あれだけ美しかった人がこうも変わってしまうのだから、ちんちくりんの私はこの先どうなってしまうのだ、と。

 

私は恐怖で震えた。

 

アクセル様がブラマヨの小杉ならば、私は何になるのだ?

 

豚か?

ジュゴンか?

それとももはや生物の様相を成していないのか?

 

 

オーマイジーザス。

 

 

 私は決心をする。

 

今からでも遅くはない。

 

ダイエットを始めようと。

 

B'zの稲葉さんは40代でもホットパンツをお披露目してたし!

 

ビバ、ホットパンツ・・!!!

 

 

追記・・・

 

ブラマヨ小杉のファンの方、申し訳ありません!!悪気は全くございません!!

 

なぜなら私は今尚、太ったアクセル様も大大大好きなのですから。

 

I HOPE THE NEXT JAPAN TOUR OF GUNS ‘N ROSES!! 

 

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アラフォー女とミニマリスト

 

巷では『ミニマリスト』なるものが流行っている。

いや、すでに定着しているのか。

 

私もなるべく余計なモノは持たないように、と心掛けている。

 

というか、無駄遣いをする余裕がないのが正直なところだが・・・。

 

ただ、30代半ばに差し掛かり、買い物の仕方が20代と比べて明らかに変わった。

 

若いころは、見た目が一番だった。

 

まだ仕事のスキルも知識も全然身についていない派遣社員だった私は、そのころ流行っていたエビちゃん風OLファッションで着飾って、職場で極めて明るく、周囲に愛想を振りまき日々奮闘していた。

 

自分で言うのも何だが、器用に仕事をこなしていた自分は、派遣先で随分と可愛がってもらえた。

 

今、改めてあの頃の自分を思い返すと、なんかアホだったな・・・。

 

ただ、私には仕事スキルも十分になかったし、自分を着飾ることはあの頃の自分にとって、東京で働いていくということに対する処世術でもあった。

 

そして、時を経て、仕事の知識もスキルも身につけ、自分にも自信がついてくると、上辺だけの鎧も不要になった。

 

というか、年齢や体形など、自分のことをちゃんと理解できるようになるのだ。

 

 

エビちゃん風のファッションなんか全然似合ってなくね?』

 

(そもそも体形が違う~。てか、全然違うから~。)

 

 

とか、

 

 

『高いヒールの靴、足痛くね?』

 

(てか、靴ずれしてますから~。き~つ~。)

 

 

とか、

 

 

『体にフィットしたニットって、座ったときに油断すると、腹の肉がぶよ~んってならね?』

 

(ぶよ~ん、ぶよ~んってなってる~。う~わ~。)

 

 

などなど・・・。

 

今まで着ていた服が、何とも着心地が悪い服だということに気づいてくるのだ。

 

そうなったら、もう簡単だ。

 

靴はハイヒールからローヒールの靴へ、洋服はフィットしたものからゆったりしたものへとシフトチェンジしていった。

 

色味もべーシックな黒・ネイビー・白・グレー・ベージュが基本色となり、小物に赤等のはっきりしたものを使う。

 

アクセサリーはシンプルな一粒ダイヤのゴールドチェーンネックレス、ピアスはコットンパールに、時計は黒レザーのシンプルはもの。基本はこれだけ。

 

アウターには少々値が張っても、体に合うものを・・・。


そんなふうに、自分に本当に必要なものだけが残っていく。

 

 

って、めっちゃ合理的・・・。(絶賛自画自賛中)

  

 

年を取ると、モノだけでなく意識もミニマル化されるようだ。

 

うん。上手いこと言った。

 

でも、

 

 

着飾って、がむしゃらに突っ走ってたあの頃は決して無駄じゃなかった。

 

 

と本気でそう思う。

 

 

キラキラ。

  

 

遠い目。(アラフォー女の郷愁)

 

 

『完』



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